大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和38年(ネ)198号 判決

控訴人 東フミ

被控訴人 峠博子

主文

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し、金四十万二千二百五十五円及びこれに対する昭和三十七年八月四日より完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

この判決は、控訴人において金十五万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は主文第一ないし第三項同旨の判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、控訴代理人において「本件地代の額を定める裁判は昭和三十八年四月確定した。被控訴人が訴外富崎松男から原判決別紙第二目録記載の家屋の一部を賃借した際、同人に対し敷金四十五万円を差入れたこと、並びに訴外田中逸が右家屋全部を競落してその所有権を取得し、賃貸人の地位を承継したことはいずれもこれを認めるが、被控訴人が富崎に対し右敷金四十五万円の返還請求権を有することはこれを否認する。田中は賃貸人の地位を承継した際これに伴う敷金関係をも承継した。したがつて被控訴人は最早富崎に対し敷金の返還を求める権利を有しないから、その主張にかかる相殺の自働債権は存しない。」と述べ、被控訴代理人において「本件地代の額を定める裁判が控訴人主張の日時頃確定したことは認める。被控訴人主張にかかる相殺の自働債権は次の通りである。すなわち、被控訴人は昭和三十年十月十三日訴外富埼松男から原判決別紙第二目録記載の家屋の一部を賃借した際、同人に対し敷金四十五万円を差入れたところ、訴外田中逸が右家屋全部を競落してその所有権を取得し、賃貸人の地位を承継したが、その際同人は敷金関係はこれを承継しなかつた。その後被控訴人は田中から右家屋を買受けてその所有権を取得し、それとともに、同人との間の賃貸借は終了したが、前記理由により被控訴人は富崎に対し依然金四十五万円の敷金返還請求権を有するので、これを相殺の自働債権となすのである。」と述べた外、いずれも原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。(但し原判決一枚目裏九行目に「昭和三十三年」とあるのを「昭和三十二年」と訂正する。)

証拠〈省略〉

理由

訴外富崎松男はその所有にかかる原判決別紙第一目録記載の土地及びその地上の別紙第二目録記載の家屋につき昭和二十五年七月十四日訴外株式会社福岡銀行のため抵当権を設定したところ、右抵当権の実行による競売手続において訴外田中逸が昭和三十一年五月一日右家屋のみにつき競落許可決定を受け、同人はその後競落代金を完納して同家屋の所有権を取得した結果、その敷地である前記土地につき法定地上権を取得し、昭和三十二年四月三十日披控訴人に対し右家屋及び法定地上権を譲渡した。

しかるに被控訴人と富崎との間に、右法定地上権の地代の額につき合意が成立しなかつたので、控訴人は富崎に対する債権に基き同人に代位し被控訴人を相手方として福岡地方裁判所に対し地代の確定を求める訴を提起したところ、同裁判所は昭和三十七年六月二十日右地代の月額は(1) 昭和三十二年五月二日から同年十二月末日までは金七千三百六十二円(2) 昭和三十三年一月一日から同三十五年十二月末日までは金八千百八十一円(3) 昭和三十六年一月一日から同年五月末日までは金九千八百十六円とそれぞれ定める旨の判決を言渡し該判決は昭和三十八年四月確定した。

控訴人は右事件の第一審判決があるや、その確定に先立ち、福岡地方裁判所に対し、債権者を控訴人、債務者を右富崎、第三債務者を被控訴人として債権差押及び転付命令を申請し(同庁昭和三七年(ル)第三七五号、(ヲ)第五一五号事件)同裁判所は控訴人が富崎に対して有する元利合計金五十七万七百二十円の貸金債権の弁済に充てるため、富崎の被控訴人に対する別紙第一目録記載の土地の昭和三十二年五月二日から昭和三十六年五月三十一日までの前記割合による地代合計金四十万二千二百五十五円の債権を差押えると共に、右債権を支払に換えて控訴人に転付する旨の決定をなし、該決定は昭和三十七年六月二十九日被控訴人に、同月三十日富崎にそれぞれ送達された。

以上の事実はすべて当事者間に争のないところである。

したがつて右転付命令により、富崎の被控訴人に対する前記地代合計金四十万二千二百五十五円の債権は控訴人に移転したものということができる。しかるに被控訴人は、右転付命令は確定した券面額につき発せられたものでないから、実体上の効力を生じない旨主張する。しかし右転付命令が債務者及び第三債務者に送達された当時、前記地代確定請求事件の第一審判決は既に言渡され、該判決により地代の額は一応定まつているから、右地代債権をもつて券面額のない債権ということはできない。尤も右判決は当時未確定であつたから、その後訴訟の経過の如何によつて額に変動を生ずる場合のあることは考えられるが、そのような場合にはそれに即応した法的効果を考慮すれば足りるのである。そして右判決は前記の通りその後確定するに至つたから、新しい法的効果の発生を云々する余地はないものといわなければならない。

よつて進んで被控訴人の相殺の抗弁について考察する。

被控訴人が昭和三十年十月十三日前記富崎から原判決別紙第二目録記載の家屋の一部を賃借した際、同人に対し敷金を差入れたところ、前記田中が右家屋全部を競落してその所有権を取得し、賃貸人の地位を承継したことは当事者間に争がない。ところで賃貸借契約において賃貸人の地位の承継があつた場合は、賃料の延滞がなく且つ契約当事者間において別段の合意がなされない限り、前賃貸人と賃借人との間の敷金関係は当然新賃貸人と賃借人との間に承継されるものと解すべきであるから、田中が賃貸人の地位を承継した結果前賃貸人である富崎と賃借人である被控訴人との間の敷金関係は、当時賃料の延滞がなく、且つ別段の合意のない限り、田中と被控訴人との間に承継されたものといわなければならない。しかるに当審証人峠万吉は、田中は敷金関係を承継せず、したがつて敷金の返還については富崎において依然その責に任ずることとする旨の合意が契約当事者間に成立したもののごとく証言するけれども、該証言は成立に争のない甲第三号証並びに当審証人田中逸の証言に照らし、たやすく措信することができず、他に契約当事者間に前記のような合意の成立したことを認めるに足りる証拠がない。又当時延滞賃料の存した事実も認められないので、田中は前記原則により本件敷金関係を承継したものであつて、その結果被控訴人は最早富崎に対し敷金の返還を求める権利を有しないものというべきである。したがつて被控訴人の相殺の抗弁は、その前提たる自働債権の存在を缺くものとして、排斥を免れない。

よつて被控訴人に対し、前記地代金四十万二千二百五十五円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和三十七年八月四日より完済まで民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金の支払を求める控訴人の本訴請求は、爾余の争点に対する判断をなすまでもなく全部正当として認容すべく、これと趣旨を異にする原判決はこれを取消すこととし、民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第八十九条第九十六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 池畑祐治 秦亘 佐藤秀)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例